さて、そのルイ・ベルティニャックだが、彼は1954年、アルジェリアのオラン(ライ発祥の地ですね)に生まれ、3歳でフランス本土に家族と共に移住した。フランス全土で学生運動の炎が燃え盛っていた68年(14歳)に初めてギターを手にし、音楽活動を開始。その名がシーンで徐々に知られだしたのは、ジャック・イジュランのバック・バンド Super Gougatsにギタリストとして参加した頃からだった。イジュランは、ピエール・バルーのサラヴァ・レーベル黎明期に、ブリジット・フォンテーヌと共にレーベルを支えたシンガー・ソングライターで、70年代前半にサラヴァを抜けてからは、前衛的なロック・サウンドを追求し始める。その際に結成されたのがSuper Gougats で、ベルティニャックは74〜75年に在籍した。イジュランの75年のアルバム『Irradie』でそのプレイが確認できる。ちなみにベルティニャックをイジュランに紹介したのは、ベルティニャックの当時のガールフレンドだったシンガー/女優ヴァレリー・ラグランジュ(ゴダールの「ウィークエンド」や「男と女」等に出演し、ゲンズブールの曲を歌っていた)である。
やがてイジュランのもとを離れたベルティニャックは、自分のバンドの結成を決意。まず、高校時代の友人である女性ベイシスト、コリーヌ・マリノー(Corine Marienneau)と、同じく当時の友人のギタリスト、エリック・レヴィ(Eric Levy)と組んだトリオが、シェイキン・ストリート(Shakin' Street)なるハード・ロック・バンドだった。が、一般的人気を得るまでには至らず、数ヶ月で解散。
ちなみにレヴィは、近年PRIDEにおける魔王ヒョードルの入場曲「エネ・ヴォラレ・メッツァ」でも知られるバンド、イーラ(eRa)を率いるギタリストとして、更にサントラ作曲家としても活躍している。
そして76年、ベルティニャックが新たに結成したバンドが、前述のテレフォヌだ。テレフォヌは、ジャン=ルイ・オーベール(Jean-Louis Aubert/ヴォーカル&ギター)、リシャール・コリンカ(Richard Kolinka/ドラム)、そしてコリーヌ・マリノーとベルティニャックという男3人、女1人の4人組。ジャン=ルイ・オーベールとリシャール・コリンカは、元々セモリーナというバンドを組んでいたが、シェイキン・ストリート同様、うまくいかずに解散。つまりテレフォヌは、似たような経緯をたどった二つのバンドのメンバーが合体してできたものだった。彼らは当時のフレンチ・パンク・シーンを牽引するグループとして圧倒的な人気を誇り、86年の解散までに5枚のアルバムを発表した。一応そのアルバム名を列挙しておくと、『Telephone』(77年)、『Crache Ton Venin』(79年)、『Au Coeur de la Nuit』(80年)、『Dure Limite』(82年)、『Un Autre Monde』(84年)である。『Crache Ton Venin』と『Un Autre Monde』は、『革命児』及び『夢にさよなら』なるタイトルで、日本盤もリリースされた。僕は記憶にないのだが、80年代前半には来日公演も行われたようだ。
フランス音楽評論家の向風三郎氏によると、テレフォーヌは、アングロ・サクソン的な縦ノリのロック・ビートにフランス語をナチュラルに馴染ませることに初めて成功したフレンチ・ロック・バンド、という評価が現在は固まっているそうで(『ポップ・フランセーズ 名曲101徹底ガイド フランスは愛と自由を歌い続ける』)、当時彼らは、特にリセ(高校生)の女の子たちから絶大な支持を得ていたという。カーラもそうした熱烈ファンの一人だったのだろう。ちなみに、カーラがベルティニャックの自宅に押しかけたのは15歳の時だから、テレフォヌのラスト・アルバムが出る頃である。
バンド解散後は、ベルティニャックとマリエノーはまず、ベルティニャック・エ・レ・ヴィジトゥール(Bertignac et les Visiteurs)を結成して、『Bertignac et les Visiteurs』(87年)、『Rocks』(90年)2枚のアルバムを発表し、その後ベルティニャックはソロ活動に入った。これまでにリリースされたソロ・アルバムとしては、トニー・ヴィスコンティのプロデュースにより93年に出た第1弾『Elle et Louis』以下、『Bertignacoustic』(94年)、『96』(96年)、『Bertignac Live』(98年)、『Longtemps』(05年)、『Live Power Trio』(06年)がある。特にカーラのデビュー作をプロデュースした後に制作された『Longtemps』では、カーラも歌詞を提供。とりわけ、二人でデュエットした「Les Froleuses」は、アルバムの大ヒットを後押ししたのだった。
「デモ・テープを彼に渡して、彼が私の作った骨格を残したまま、音楽的要素を加えて、そこに更に私が歌を入れていく。この工程はとても心地よくて気に入っているんです。彼にとっては私が目の前にいない間に、私の歌や世界観をよく理解する時間があるし、私はルイが肉付けした曲を持ち帰って、もう一度聴き直し、歌い直す時間が持てるから」
過去2作でのコラボレイション・ワークに関して、カーラはかつてこう語っていたわけだが、この秋に出るとアナウンスされているニュー・アルバムには、ベルティニヤックが関わっていないと聞く。ちょっと心配だったりもするが、カーラのこと、きっと新しい方法で期待以上の作品を作り上げてくれることだろう。